リカバリーフォージャパン <Recovery For Japan>

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

◎4月9日~10日

4月9日(月)  10:00~13:00 河南・O仮設団地にて活動

RFJチーム編成
  心理士① 整体師① 保育① ケアワーカー④ ボランティア④

提供したサービス
  こころのケア(Psycho Education) 整体 保育 リラクゼーション 音楽映像療法
  郷土料理の提供(蟹汁 80食)

参加人数  約20名

「夫を津波で亡くした。東京の息子の家で世話になっていたが『やはりお父さんとの思い出の場所に帰りたい』と子どもたちに言ったら大反対された。『あんな、何もなくなった所に帰りたいなんて、どうかしているよ』と呆れられた。子どもたちには私の気持ちをわかってもらえない。結局私は、仮設住宅でもいいから、一人で暮らすほうを選んだのだが、最近は気分が沈んでしまって欝っぽい」(60代女性)

<保育・I の報告>
「発達障害の男の子が、臨床心理士に『高い・高い』をしてもらって喜んでいました。片づけを終えてRFJが撤退する際に、RFJスタッフと離れるのを嫌がって、男の子は泣いていました。その姿を見たお母さんは「そんな姿を見るのは珍しい」と言っていました。お母さんも、息子の笑顔を見ることが出来てよかったと言って下さいました」

<心理士・Tの報告>
上記・上段のケースは、息子の家族と折り合いが悪く、結局は被災地に戻ってきてしまったものと思われます。仮設団地の他の人に知り合いが少ないようで孤立が心配されるケースと思われたので、JENスタッフに報告し対応を依頼しました。ご本人には、集会室で集まりがあるときには、必ず顔を出して下さいと伝えました。
 上記・下段のケースは、言語障害を持つ発達障害の4歳の男の子でした。忙しいのか、父親と接する時間が少ないものと思われます。自動車が好きで、抱っこして駐車場を散歩してあげるだけで大喜びでした。男の子のお母さんに、震災以来の子育ての苦労をねぎらうと、涙ぐんでいらっしゃいました。

540.jpg 
541.jpg 
542.jpg 
543.jpg 
544.jpg 
545.jpg 
546.jpg 
547.jpg



4月9日(月)  14:30~17:00 河南・O仮設団地にて活動

RFJチーム編成
  心理士① 整体師① 保育① ケアワーカー④ ボランティア④

提供したサービス
  こころのケア(Psycho Education) 整体 保育 リラクゼーション 音楽映像療法
  郷土料理の提供(蟹汁 80食)

参加人数  約30名

<保育・I の報告>
渡波地区で震災直後に炊き出しをやっていたときに、通ってくれていたお母さんたちに再会できました。渡波地区から離れてしまい、もう会えないかな?と思っていたので、再会はとても嬉しかったです。お母さんたちに「人の繋がりって不思議なものですね・・・またこうやってお話できるのが嬉しいです」と言って頂いたことが強く印象として残っています。

<心理士・Tの報告>
RFJの石巻事務所は、渡波小学校の隣にあります。渡波小学校が避難所だったとき、何度も暴動のような騒ぎが起きたり、深刻なアルコール問題もあったりして、支援がたいへんでした。渡波小学校の避難所に、最後の最後まで残った数十人の単身者・高齢者が、O地区の仮設住宅に移った、と聞いて以来、久しくたちますが、こうして再会できたのは私も嬉しかったです。しかし一方で、そういう事情を抱えた人たちが集められた仮設団地であるならば、今後はアルコール依存症の問題が深刻になっていくだろうことが予想されます。

548.jpg 
549.jpg 
550.jpg 
551.jpg



4月10日(火)  10:00~13:00 河南・K団地仮設住宅にて活動

RFJチーム編成
  心理士① 整体師① 保育① ケアワーカー④ ボランティア④

提供したサービス
  こころのケア(Psycho Education) 整体 リラクゼーション 音楽映像療法
  郷土料理の提供(蟹汁 50食)

参加人数  5名

<保育・I の報告>
私たちが到着する前から、集会室の椅子に座り、すこし涙ぐんだような様子で待っていた高齢の女性(80代)がいました。「今日、この日が来るのをずっと楽しみにしていた」とおっしゃっていました。同じ仮設には、ご家族と同居していらっしゃるが、日中はほとんど会話もなく孤独な環境にいるそうです。「津波と地震があったおかげで、あなたたちに出会えてよかった」とおっしゃって下さいました。普段は安定剤を飲まないと眠れないそうですが、タッピングを施術した後は「すごく気持ちよかった、今日は安定剤無しで眠れそう」と言って下さいました。

<心理士・Tの報告>
住民のコミュニティが形成されておらず、懸念が残る仮設団地であるという印象を受けました。昼間は働きに出ている人が多いというJENスタッフの説明を受けましたが、それだけではないように感じました。カニ汁を提供するときに、70代くらいの男性が集会室をのぞきに来たのですが、扉を開けて中を見るなり「なんだ!駄目だ、駄目だ!」と、吐き捨てるように言って帰ろうとされました。「カニ汁、いかがですか?」と声をかけると、「あんな娘っ子ばかりのところに居られるか!」と言って帰ってしまいました。酒の匂いがしていました。昼から酒を飲んでいる単身の高齢者男性がいるんだな、と思いました。その後、余ったカニ汁を、在宅している仮設住宅を一軒一軒訪問し、空いているお鍋をお借りして配ったのですが、その男性には出会えませんでした。おそらく、声をかけても居留守を使われた住居のなかの一人だったのではないかと思います。集会室に一人でも多くの人が集まるようになり、住民の相互扶助のなかに男性が入れる日が早く来るように、我々RFJもJENさんの活動のお手伝いができたら、と思います。

552.jpg 
553.jpg 
554.jpg 
555.jpg

 
 
4月10日(火)  14:30~17:00 河南・M仮設団地にて活動

RFJチーム編成
  心理士① 整体師① 保育① ケアワーカー④ ボランティア④

提供したサービス
  こころのケア(Psycho Education) 整体 保育 リラクゼーション 
  郷土料理の提供(蟹汁 80食)

参加人数  約10名

「震災で親戚縁者が18人亡くなった。震災後、しばらくショックで口がきけなかったが、避難所に移り、訪問したボランティアと一緒に、折り紙などの手作業をして正気を保っていた。最初の1ヶ月は生き残ったのが自分だけだと思っていた。この仮設に移ってからは、皆が気にかけてくれるので、とても楽になった。浜育ちだから、カニ汁は大好物。一年ぶりに美味しいカニ汁を食べて心から温まった」(N.Yさん 70代女性)

この女性は顕著なPTSD症状を見せていました(1年以上たった今も激しく涙を流しながら話す、話しているうちに見当識<上下や右左などの感覚>を失う、被災したM地区での話をするうちに匂いや音などの記憶を鋭敏に想起して繰り返し話す、など)。現在は仮設の温かい人間関係に囲まれて落ち着いており、このまま自然治癒へと導かれていくことを祈りたいですが、場合によっては抑うつ症状や、身体化症状(消化器系の機能不全、手足や頭などの神経痛)などを訴える可能性があるので注意を要します。JENスタッフと連携し、RFJは今後も定期的な訪問を繰り返してこの女性のケアをする必要を確認しました。

556.jpg 
557.jpg 
558.jpg 
559.jpg 
560.jpg

  1. 2012/04/09(月) 13:53:10|
  2. 活動報告
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://rfj2011.blog.fc2.com/tb.php/116-7cb90a8a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。